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政治家に品格は必要か

このことについて 考えは以前からあり
書こうかな、と思っていたら 日比野庵さんのところで
記事が あったので

思いは通じているのだな、と改めて感じました。
シンクロニシティってやつですね。

私は 政治家が ちゃんと仕事(つまり国民が幸せになるようにすること)すれば 多少の悪さは いいじゃん!

と思っているほうでして 外で女作ろうが 賄賂を貰おうが
政治家として 力量があれば OKだと・・・・

これは 勘違いされると こまる 発言ですけどね。

実際愛人宅から 議会に通っていた 某国首相とか(日本じゃないよ)

賄賂まみれだった チャーチルとか 個人としては?
かもしれないが それ以上の良い仕事をしたわけです。

”剛腕”幹事長も 素晴らしい政策なら そして 国家100年の計で 国が良くなる仕事をするなら
検察も ここまで追求しなかったでしょう。

昔のブログ記事に書いたことがあったけど
検察は 外国人参政権の危険さを 十分知りつくしているので 徹底的に 追求をしているのです。

それにしても 首相 身から出たサビとはいえ
つらいだろうねー。

鳩山兄弟が作った政党なのに 頭数の為にだけ
左翼を入党させたり あとからきた ”剛腕”にのっとられたり
ボロボロだ。
これは政策理念のところが しっかりしたものがないからだけど。

昔、アメリカが 日本の軍隊の将軍のあり方の 本を読んで 絶句したそうです。
「これは 軍人の あり方の事は あまり書いてはいない」
「これは聖書の一種である。」

これはね、日本では 政治というと 神事 と 同一という事を意味していたからです。
祭政一致が 日本では 当然のことだったのです、古来から。

つまり 将軍だろうが 政治家だろうが リーダーは まず人格者であれ、が日本では
前提にあるんです。

意外と他国では これが当たり前ではない。
だから プラトンの哲人王や 孔子の論語が 説かれているんです。
当たり前ではないから。

まず、政治家は 聖人である前に 政治家として 秀でること。
軍人は 聖人である前に 戦争に勝つこと、これが まず最初の 最低限の必要条項となります。

聖人であっても 政治家としてだめじゃ 使えない。
聖人であっても 軍人が 戦いにおいて 負け続けたら おしまいです。

プラトンや孔子の説は 理想として の 話。現実的に難しい。
でも 素晴らしいから 今でも残っています。

冒頭の考え方は 西欧的なんです。
西欧は最初から あきらめている節がある。
中国は 昔から まったく 逆なことばかりなので 孔子が なんとかしなければと思い 説いたのです。

日本はその 大変な事を なんとか実現しよう 国民が 思っているのですね。

日本のリーダーはそういった意味で ものすごく大変なことなのです。
聖人でありながら なおかつ、優れたリーダーを 要求される。

国粋的になりますが 選ばれた民であると 思います。
総裁が この国を選んだのは 当然なのでしょうね。
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